銀行ドロの顛末

事件は銀行に泥棒に入ったところから始まった。
強盗ではなく、コッソリと入りコッソリ盗む。
要はコソ泥だ。
営業時間が終了すると、セキュリティが厳しくなるからという理由で、大胆にも営業時間に行動することになった。
持ち運べるだけの獲物を鞄にいれ、あとは、この階段を上りきって銀行のお客さんにとけこめばミッションコンプリートだ。
グループは三人。
階段の上がり口でロビーの様子が確認できる。
先頭のメンバーが、そっと様子を窺った。
そのとき
「警察で〜す。この銀行に泥棒が入りましたんで、動かないでくださ〜い。」
私服の軽そうな男と、その部下らしい女が、入り口から入ってきた。
俺たち三人の瞳に輝いていた黒い光は一瞬にして消えた。
二人の刑事は、ひとりひとり持ち物検査を始めたようだ。
三人の一番後ろに位置していた俺は、階段を素知らぬ顔で上りきり、驚いた表情をしてお客さんに紛れた。
怪しまれたが、他のお客さんと同じように、別室にて持ち物検査が始まった。
リュックに入れた例のブツは、巧みに身体中に分散させ、リュックにはもうない。
「これなに?」
軽そうな刑事がリュックの外側にある伸びるメッシュのポケットから、マッチ箱を取り出した。
階段で二番目に並んでいた男から預かった、いけない薬だ。
マッチ箱を開けると、小さなビニール袋が丸まっていて、それを広げると、中には白い粉が入っている。
「あはは。これ、いけない薬だろ?」
刑事は、袋を開けて中の粉を机の上に乗せ、器用に鼻から吸ってみせた。
「どうよこれ?いいの?・・・ん?偽物じゃねえか!」
どうやらあの階段で二番目にいた男は、偽物を掴まされたらしい。
目の前の刑事もいい気味だ、と内心ホッとした。
鼻をスンスンさせた刑事が、不機嫌になりながら
「じゃあこれは?」
刑事は、リュックの中から肝油ドロップの入った缶が二つ入っている巾着を取り出した。
俺は肝油が大好きだ。
小学生のとき食べたあの肝油を、極秘ルートで手に入れ、ひと缶ずつ今回のメンバーにあげた。
俺は肌身離さず肝油の缶を持ち歩き、階段で先頭に立った男もそうだった。
ただ、階段の先頭の男の理由は違っていた。
肝油の缶の中に、彼もいけない薬を隠し持っていたのだ。
しかも彼は疑い深く、偽物を掴まされるはずがない。
銀行の一番深い場所まで行く役目の彼は、金属探知を警戒し、肝油の缶を俺に預けていた。
半ば諦めと半ば自尊心で、俺は答えた。
「肝油です。」
あまりにも堂々と答えた俺の反応に、刑事は肝油の缶をひとつあけながら聞き返した。
「なんで肝油なの?」
どうやら俺の肝油の缶を開けているらしい。
「ダイエットです。」
「ふ〜ん。」
そう言って、乱雑に肝油の缶を閉め、巾着と一緒に傍らに置いてあるリュックの上に投げた。
俺は、もちろんダイエットなどしていない。
肝油に対して、自分の気持ちを偽ったことに少し後悔していた。
「帰っていいよ。」
刑事は何かメモをしているようで、こちらを見ずにそう言った。
「へ?」
呆気にとられた俺をため息と同時に見て、「だから帰っていいよって。」と刑事はめんどくさそうに繰り返した。
「はあ。それじゃ、失礼します。」
俺は銀行をあとにした。
身体のいたるところに大金を隠したまま。
足取りは、かなり軽い。
ところで、あとの二人は無事に逃げることができたのだろうか?
そんなことも頭に過ったが、身体中にある大金のパワーはとてつもない。
あれも欲しい。
これも欲しい。
全部欲しい。
頭に浮かんだものがほとんど買えるだけのパワーを身に付け、銀行を出た足で繁華街に向かう。
長い坂道を降りて駅に向かうとき、坂道の下にはたくさんの警察官が何かの準備をしている。
検問だ!
不審な動きをしたらまずい。
何にもない素振りでこの場を乗りきろう。
そう思いながら坂道を下っていく。
警察官の群れまであと15メートルというところで、背筋に生ぬるい風を感じ、毛穴が粟立った。
肝油の缶。
俺のリュックには肝油の缶が入っている。
その肝油の缶には・・・。
意識は身体から離れ、心臓はスピードを上げる。
足は未だに止まることなく、警察官の群れがあと10メートルというところまで来ていた。
決めていた平常心はとうに崩れ、身体中の大金とリュックの中のいけない薬が鉛のように重くなり、胃が逆さまになったようなパニックに襲われた。
あの群れの中を通るのは、さすがに無理だ。
そう思ったときに、身体が勝手に動き出した。
警察官の群れをジャンプでかわす。警察官の誰かがそれに気づいたら、さらにジャンプで逃げる。
そうひらめいたのだ。
幸いにも、警察官の群れは坂道の最下部。急な坂道の途中のここからは比較的飛び越えやすいんじゃないか。
ジャンプ直後に考えた理論だ。
俺の身体は羽根のように軽くなり、上空高々と舞い上がる。
ちょうど警察官の上空を通るときに、何人かの警察官が俺に気づき、俺を指差していた。
何メートルくらいの高さだろう。
10メートルくらいか?
いや、もっとかもしれない。
平泳ぎの要領で空中をかき、空中を蹴る。
いつも通りもどかしい進み方だが、このまま逃げることができるだろう。
風が吹いた。
向かい風だ。
そこから、急に前に進まなくなった。
いくらかいても、いくら蹴っても。
俺の身体は、羽のように緩やかに落ちていく。
風が吹けば流され、気づけば警察官の群れの中にきれいに着地していた。
目の前には初老の警察官が、微笑みながら立っている。
心臓がまた高鳴る。
ジャンプで逃げたことに焦点をあて、リュックや身体を調べられなければ事なきを得られるだろうと算段し、さとられないように振る舞った。
初老の男が微笑みながら口を開く。
「ダイエットしてるんだって?」
「ちがう、あれは・・・」「確保!!」
ってところで目が覚めた。
すげえ心臓がドキドキしてた。